2020年

f:id:tim153:20210312200406p:plain

2020年の読書メーター
読んだ本の数:77
読んだページ数:24902
ナイス数:760

黒のトイフェル 上 (ハヤカワ文庫 NV シ 25-4)黒のトイフェル 上 (ハヤカワ文庫 NV シ 25-4)感想
中世の工匠ゲルハルトの謎めいた墜落死をめぐる、私の好きな街ケルン、ただし13世紀が舞台の物語である。歴史の長い教会建築は往々にして流行のスタイルでさまざまな増改築が行われているが、ケルン大聖堂は可能な限り着工当初の、つまりゲルハルトの手によるデザインを再現して建てられている。したがって彼なしにこの大聖堂は決して語り得ない。「事故死」を目撃してしまった主人公を静かに追い詰める殺し屋ウルクハートが(ちょっとアニメチックで)魅力的な人物である。殺し屋は創作だとして、どこまでが明らかになった事実なのか興味が湧く。
読了日:01月12日 著者:フランク シェッツィング
黒のトイフェル 下 (ハヤカワ文庫 NV シ 25-5)黒のトイフェル 下 (ハヤカワ文庫 NV シ 25-5)感想
十字軍遠征という負の歴史を上手く取り入れた物語で、私のケルン贔屓もあって面白く読めたが、「陰謀」の描き方が弱く尻すぼみに終わってしまった感がある。ヤスパー(彼はウルクハートと並んで魅力的な登場人物だった)の語りが長かった分、クライマックスももう少しページ数を割いて丁寧に描いて欲しかったところ。ところで原題は『死と悪魔』であり、なぜこれを『黒の悪魔』と改めたか疑問。確かに殺し屋は何度か「黒い影」と描写された気がするが、作品を象徴するほどインパクトのある表現ではなく、原題の方が合っていたと思う。大人の事情?
読了日:01月13日 著者:フランク・シェッツィング
Harry Potter Und Die Kammer Des SchreckensHarry Potter Und Die Kammer Des Schreckens感想
ドイツ語版『秘密の部屋』。次々起こる襲撃と忍び寄る姿なき声の不安感、映画の舞台である陰鬱なイギリス・ゴシックの廊下のイメージがマッチして、子供の頃も(怖がりながらも)大好きな巻だった。初めて出会った語彙の中で特に印象に残ったフレーズは、ロックハートの罷免が発表された時のロンが放った "Er ist mir schon fast ans Herz gewachsen" (愛着が湧いてきたところだったのに)という台詞。
読了日:01月24日 著者:J. K. Rowling
ユダのいる風景 (双書 時代のカルテ)ユダのいる風景 (双書 時代のカルテ)感想
再読。ファリサイの語源は(不浄な民からの)分離を意味するアラム語にあるそうだ。その分離を真っ向から否定して「罪人」と食事を共にしたのがイエスだったはずなのに、キリスト者は自らの負の側面を外化・分離してユダを、ひいてはユダヤを罵った。その分離の流れは福音書記者の時代に既に始まっていたというのである。聖書を扱う部分にもっと厚みが欲しいと感じたので、同じ著者の『ユダとは誰か』を読んでみたい。タイトルが書籍の内容を説明せず、響きもまるで文学作品のようだが、私はこれが本当に好きだ。なぜか感傷的な心地にさせられる。
読了日:01月30日 著者:荒井 献
「建築学」の教科書「建築学」の教科書
読了日:01月30日 著者:安藤 忠雄,木下 直之,水津 牧子,石山 修武,佐々木 睦朗
Sonntags TodSonntags Tod感想
ドイツ語書籍6冊目。これもKrimiだが、主人公は刑事ではなくジャーナリスト。暴力やアル中などの暗い家庭環境とトラウマが人を壊し、その負の遺産がそっくり次の世代に受け継がれていった、その悲惨な結果を描いた物語だった。舞台は小さな村で登場人物は多くなく、ほぼ親戚同士だが、人の名前に加えて家系図を頭に入れるのがとても苦手なのでかえって苦労した。この後Königstöchter, Tunnelspiel, Mordkapelle, Pechmaries Racheとシリーズが続くらしい。いつか読む機会があれば。
読了日:02月08日 著者:Carla Berling
「教会」の読み方: 画像や象徴は何を意味しているのか「教会」の読み方: 画像や象徴は何を意味しているのか
読了日:03月13日 著者:R. テイラー
光あるうちに―道ありき第三部 信仰入門編 (新潮文庫)光あるうちに―道ありき第三部 信仰入門編 (新潮文庫)感想
本書は信仰入門とあるが、かなり世俗的なトーンで書かれていると感じた。聖書のイエスの譬えが往々にして解説なしには理解し難い理由の一つは、それを読む我々が同時代のユダヤ人ではないからであろう。その点、著者は自身や知人の体験、伝聞を題材にして、時には非常に俗っぽい印象を与えるが、だからこそ伝わり易いであろうやり方で、読者を信仰へ導こうとしている。語られた出来事の事実性を疑う気はないが、仮に事実でないものがあったとしても、それは読者にとって些末な問題であると思う。
読了日:04月20日 著者:三浦 綾子
Kalter WeihrauchKalter Weihrauch感想
ドイツ語書籍7冊目。最初の被害者の正体が半ば明らかになった段階では、これは面白くなりそうだと期待したのだが、最終的にはどの登場人物にも魅力が感じられず、物語も今ひとつ盛り上がらないまま終わってしまった印象。オーストリアの田舎が舞台で現地の方言らしきものや雰囲気にピンとこなかったのも原因の一つかもしれない。
読了日:04月26日 著者:Marlene Faro
Der Name Gottes ist Barmherzigkeit: Ein Gespraech mit Andrea TornielliDer Name Gottes ist Barmherzigkeit: Ein Gespraech mit Andrea Tornielli感想
2016年、いつくしみの特別聖年に際した教皇フランシスコのインタビュー本。これが最初の本だったらしい。アルゼンチン時代からの個人的なエピソードを交えながら、神のあわれみを主題とし、罪を自覚し恵みを求めること、神のゆるしと告解について、他人を裁くこと、同情することなどについて質問に応えて語る。罪に無自覚であることについての下り、立ち上がり方を見失う様子を「犬のように傷を自分で舐めて再び傷口を開いてしまうよう」と表した例えがやけに印象に残った(79)。内容もだがインタビュアーの設問もよかったと思う。
読了日:07月10日 著者:Franziskus I.
ゴシックとは何か―大聖堂の精神史 (ちくま学芸文庫)ゴシックとは何か―大聖堂の精神史 (ちくま学芸文庫)
読了日:07月22日 著者:酒井 健
神の棘Ⅰ (新潮文庫)神の棘Ⅰ (新潮文庫)感想
再読。この長さで、これほど読む手が止まらない時代小説というのも珍しい。この作品にミステリ要素があるのは途中で気づいたが、本来ミステリレーベルで書かれたことは後書きで知った。ミステリ的手法を使わなかったとしても多分明らかに(?)傑作なのだが。印象に残った部分というと枚挙に遑がないが、ローマ教皇の深く関与したいくつかの場面、上巻においてはドイツ語の回勅、下巻にもキーとなるシーンがあるが、これらとその終極を、(正直ミーハー寄りな教皇ファンでもある)私はなかなか重みのあるものとして受け止めた。
読了日:07月22日 著者:須賀 しのぶ
神の棘II (新潮文庫)神の棘II (新潮文庫)感想
三年ぶりに再読。読んでいる途中は感想として書くべきだと思う言葉が山ほどあったのに、いざ読み終えてみると、圧倒されている間に本と一緒に本棚へ逃げ込まれてしまった感じ。 心理、信仰、人物像、戦闘や戦場も、この作品のあらゆる描写が私には非常に生々しく迫ってくる。それだけで類なき文章なのに、それがミステリの形をとり、さらに膨大な歴史的記述によって裏打ちされている。大半が修道士/司祭の視点で語られるこの本を、キリスト教にあまり縁のない読者はどういう風に読むのだろうかと、自分もかじっている程度ではあるが、関心がある。
読了日:07月24日 著者:須賀 しのぶ
一九八四年〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)一九八四年〔新訳版〕 (ハヤカワepi文庫)
読了日:07月24日 著者:ジョージ オーウェル
お目出たき人 (新潮文庫)お目出たき人 (新潮文庫)
読了日:07月25日 著者:武者小路 実篤
こころ (岩波文庫)こころ (岩波文庫)感想
再読。背伸びをして翻訳版を読むためにちょっと冒頭だけ参照するつもりが引き込まれてしまった。私のこの岩波版は学校の課題のために用意したもので、参考文献の引用で国権論がどうだ民権論がと色々メモ書きがしてあるのだが、私の中でこの作品はもう分析をしながら読むものでも、我が国の誇る文豪の代表作と有難がって読むものでもなくなってきたと感じた。ただ言葉がまっすぐに刺さってきて感情を揺さぶられる。死ぬまで読み続ける作品になるだろうと改めて思った。(なんて個人的な事情ばかり読メに書いても仕方ないですね…)
読了日:07月27日 著者:夏目 漱石
革命前夜 (文春文庫)革命前夜 (文春文庫)感想
登場する楽曲を聴きながら読んでみた。最初の方に出てくるリスト「前奏曲」とフランクのヴァイオリンソナタが印象に残った。物語は最後まで一貫して面白かったのだが、登場人物に関して言えば、個人的には『神の棘』の方が身近に、その心の動きを鮮明に感じられたと思う。本作は主人公の一人称で語られるので残念だが、私には音楽の素養がなく、共通する語彙を持たないからかもしれない。短期間ライプツィヒに暮らした経験があり、美しく復興した街の外れで時折旧東らしい寂寞を感じたのを思い出した。読んでから行きたかったなあ。
読了日:07月27日 著者:須賀 しのぶ
シャーロック・ホームズ最後の挨拶 (創元推理文庫)シャーロック・ホームズ最後の挨拶 (創元推理文庫)感想
ホームズシリーズも残すところ一冊。またいかにも最終巻っぽい表題なのに…笑。ホームズ自身も(一応)犠牲になりかける「瀕死の探偵」「悪魔の足」の語り口が一番ワクワクした。解説で知ったが、本書収録作品でドイルは、本来ホームズとワトソンが家賃を折半にしていたことすら忘れている(かくいう私も)。ドイルによるホームズ作品は「カノン(正典)」と呼ばれると聞いたことがあるが、こうした矛盾や不明瞭な点を多く抱えながらも崇拝される様はまさに聖典の感がある。
読了日:07月31日 著者:アーサー・コナン・ドイル
若松英輔エッセイ集 悲しみの秘義若松英輔エッセイ集 悲しみの秘義感想
再読。本書はことばも装丁も美しい。心に沁み入るとはこういうことを言うのだと思う。人は悲しみの内に真の美を見出し、古い日本語では「美し」と書いて「かなし」とも読んだそうだ。この凝った装丁もそれに共鳴しているように感じる。 孤独に関する章の書き出しが印象深い。「孤独とは、単に他者から疎外された状態をいうのではない。私たちは人の中にあるときにいっそう、孤独を感じることがある。…孤立から私たちを解き放つのは、他者と対話しようとする努力である。だが、問題が孤独の場合、対話の相手は自己になる。」(100-101)
読了日:08月08日 著者:若松 英輔
黒い雨 (新潮文庫)黒い雨 (新潮文庫)感想
中学の課題図書で、10年近く本棚の肥やしだった。ここでは戦争はエンタメでも、してはならぬと懇々教え諭すものでもなく、人々の日常であって、そこに原爆が落ちる。現在があり、そこに8月初旬の手記が挿入されるという形式のためか、確かに筆致は淡々としている。だが目に入るもの、こと人体に関しては生々しく描写され、読みながら煙や死臭、痛みを感じるようだった。顔を上げては、一応平和な現実が一瞬信じられなくなる。手記は大量でやや入り乱れるので再読が必要と思うが、慌てて読み返すよりは来年、また再来年のこの時期に戻ってきたい。
読了日:08月10日 著者:井伏 鱒二
永遠平和のために (岩波文庫)永遠平和のために (岩波文庫)
読了日:08月12日 著者:カント
沈黙 (新潮文庫)沈黙 (新潮文庫)感想
再読。読後、いつか観たスコセッシ映画のことを思い出して予告編動画を観にいったら、コメント欄でキリスト教の布教と切支丹弾圧の歴史的正当性が云々されていて驚いた。勿論そうした観点に立つ人もいるべきだろう。だが私にとって『沈黙』は、人間の「弱さ」も神の赦しもよく分かっていたはずの司祭が、それらに目を開くさまを描いた信仰の書という感じで、迫害の残酷さや布教をめぐる葛藤は、激しさをもって書かれており胸に迫るものの、最も中心的な問題としては現れなかった。それにしてもこの通辞、掴めない。どういう人物なのだろう。
読了日:08月13日 著者:遠藤 周作
イヨネスコによる「マクシミリアン・コルベ」―不条理から聖性へイヨネスコによる「マクシミリアン・コルベ」―不条理から聖性へ
読了日:08月17日 著者:クロード・エスカリエ
西洋美術史入門 (ちくまプリマー新書)西洋美術史入門 (ちくまプリマー新書)
読了日:08月19日 著者:池上 英洋
アンネの日記―完全版アンネの日記―完全版
読了日:08月23日 著者:アンネ・フランク
草の花 (新潮文庫)草の花 (新潮文庫)
読了日:08月25日 著者:福永 武彦
吾輩は猫である (岩波文庫)吾輩は猫である (岩波文庫)感想
再読。コロナの時代、マスクのお陰でどこでも読めるが、そうでもなければ人前で読むのは危険な作品である。文豪の作品で笑えるというのはなんだか気分がいい。とはいえ長大で骨が折れるし、時代が異なるということは理解していても、きつい女性蔑視に閉口である。終盤には猫の気配がほとんど消えて、代わりに(ほとんど『こころ』しか知らないような)私がイメージする「漱石っぽさ」が突如として前面に現れてきたように感じた。ちなみに先日早稲田の漱石山房記念館に行ったのだが、見事に猫まみれだった。
読了日:09月08日 著者:夏目 漱石
石川くん (集英社文庫)石川くん (集英社文庫)感想
数度目の再読。私の中で本書の位置づけは、石川啄木ひいては短歌への入門への第一歩という感じだ。国語の教科書で読んだ覚えはあるけれど、好きと言えるほどではない、でも関心なきにしもあらず、くらいの人に是非読んで欲しい(要するに私だった)。文学史上の天才の一人が急に親しみやすくなるし、歌の現代風アレンジとの対比によって、啄木の言葉の美しさ、現代短歌の雰囲気もわかる。あんまりにも親しみやすいので、啄木のファンがどう思うのかはちょっと疑問。
読了日:09月09日 著者:枡野 浩一
人はなんで生きるか 他四篇(民話集) (岩波文庫)人はなんで生きるか 他四篇(民話集) (岩波文庫)
読了日:09月14日 著者:トルストイ
夢十夜 他二篇 (岩波文庫)夢十夜 他二篇 (岩波文庫)感想
初めての漱石短編集。表題作の「夢十夜」というタイトルに何やら耽美な美しさを感じていたが、夢が往々にしてそうであるように、むしろ不気味であった。美しかったのは「文鳥」で、外見や動きについての細かな描写からは、自分では触れたこともない文鳥の仕草や無垢な可愛らしさが目に浮かぶようだし、小首を傾げた物言わぬ女と重ねられると、その中に艶っぽさも感じるから不思議だ。結婚した女は、単に手が届かなくなるというのではなく、まさに「籠の鳥」のイメージか。「永日小品」は全体に灰色がかっていて、留学時代の漱石の憂鬱も現れる。
読了日:09月16日 著者:夏目 漱石
行人 (新潮文庫)行人 (新潮文庫)感想
『こころ』の他に好きな漱石作品を探している。本作は、結論から言うと面白かった。しかし鈍いのか、物語がどこを目指しているのかなかなか分からず、終盤に差し掛かるまでずっと落ち着かない気持ちでいた。そもそも物語の中心にいるのが二郎ではなく一郎であるということすら中盤にようやく気がついた。特に終盤はまさに私が漱石に求めているらしい調子で展開されるので、これをもって好きな作品と呼んでもいいのだが、ただ『こころ』の面影を探すような読み方ばかりしていた気がして、あまり(自分に対して)釈然としない。
読了日:09月18日 著者:夏目 漱石
明治のことば (講談社学術文庫)明治のことば (講談社学術文庫)感想
和製漢語の成立にふと興味が湧いたので手に取ったが、現在通用している特定の語を取り上げ、そこに辿り着くまでの過程を考察する第二章以降の膨大な資料の羅列は自分にはかなりオーバーだったので、引用部の解読にはあまり執着せずに読み進めた。本書で取り上げられた語の多くは明治に入って十年の間に成立したようだった。哲学という語が定着する前に「希哲学」という語が用いられたというのが面白い。ギリシア哲学ではなく、哲を慕いこいねがう、つまりまさしくφιλοσοφίαの意であったという。
読了日:09月22日 著者:齋藤 毅
道ありき 青春篇 (新潮文庫)道ありき 青春篇 (新潮文庫)感想
形式としてはエッセイである「道ありき」第三部『光あるうちに』は繰り返し読んでいる愛読書のひとつなのだが、自伝の二冊はなぜかノータッチだった。もっと早く読んでおけばよかった。特に胸に迫ってくるのは後半だが、著者が前川氏に出会い、キリスト教を軽蔑し自身も不安定に揺れながら、愛、死、平和や信じることなどについて考える様子を描いた前半部分がとても好きだ。ところで短歌というのは奥が深いのだな、と思う。本書に現れる歌には字余りのものが多く、詩歌に不慣れな自分はそのリズムを掴めずに戸惑った。
読了日:09月22日 著者:三浦 綾子
この土の器をも―道ありき第二部 結婚編 (新潮文庫)この土の器をも―道ありき第二部 結婚編 (新潮文庫)感想
個人的に「敬虔」という言葉には慎重になりたいところなのだが、夫となり、時に毅然として妻を諭す光世氏の姿にはやはりこの語が似合う。本書は三浦綾子の自伝というより光世氏の伝記なのではないかと感じることさえあった。「許すということは、相手が過失を犯した時でなければ、できないことなんだよ。…だから許してやりなさい」(65) また、一緒になる気のない相手への別れの手紙に、傷を浅くしようと期待をもたせるような追伸を添えた残酷な男の話も印象深い。読み返すならやはり『青春編』だが、今回続けて読んでよかった。
読了日:09月23日 著者:三浦 綾子
みみずくは黄昏に飛びたつみみずくは黄昏に飛びたつ感想
村上春樹はあまり読んでいない、メインの『騎士団長殺し』も未読なのに本書を読んでも良いものだろうかと前書きで思ったが、驚くほど面白く一気読み。考察を楽しむファンが多いイメージがあるが「○○は××のメタファーだ」というようなことを作家自ら仕掛けると途端に物語の魂は弱いものになる、考えることはむしろ避けて読者の内で膨らむに任せるという。聞き手の川上氏がすごい。作家本人を前に著作を分析することに対して、また文壇における「女流」作家と村上作品における女性の扱いについて語る際、一切怯まないその姿に憧れさえする。
読了日:09月25日 著者:川上 未映子,村上 春樹
彼岸過迄 (岩波文庫)彼岸過迄 (岩波文庫)感想
後期三部作を後ろから遡ってきたが、本作は個人的には一番さらりと、娯楽として楽しんで読んだ。『行人』の前半を読む間も似た感覚だった。そう感じる原因が作品側にあるのか、こちら側にあるのかまだ分からないが、とにかく内容が薄いとか軽いとか言いたいわけではない。中心を占める須永を取り巻く問題に共鳴するような生々しい記憶や葛藤が今の自分の中にない、あっても緊急度が低いからかもしれない。私は漱石後期の作品と聞いた途端、無闇に登場人物の苦悩への共感を期待してかかる傾向がある気がする。
読了日:09月28日 著者:夏目 漱石
騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(上) (新潮文庫)騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(上) (新潮文庫)感想
『みみずくは黄昏に飛びたつ』を読んでからやっと手に取る。村上春樹の長編は二作目。インタビュー本によればリアリズムの文体で非リアリズムの物語を描くのが村上流だそうだが、文庫版第一巻に収録されている範囲では、ここで「非リアリズム」と呼ばれているような要素はまだあまり出てこない。噂に違わず(?)ベッドシーンが頻繁に差し込まれ、しかも大半が葛藤のない不倫関係なのが個人的に苦痛だが、だから読めないというほどではない。文章は本当に読みやすいし、話の展開も面白く、先が気になってあっという間に読み終わってしまった。
読了日:09月28日 著者:村上 春樹
漱石俳句集 (岩波文庫)漱石俳句集 (岩波文庫)感想
俳句のことは何も分からないまま手に取ったが、それでも毎日少しずつ読んでいると、好きだなと思う句に必ず出会えてよかった。初心者こそ、厳選されたほんの数句の良さを無理に味わおうとするより、気楽にある程度の数触れてみた方が面白い体験になる気がする。「菫ほどな小さき人に生れたし」「ちとやすめ張子の虎も春の雨」「朝桜誰ぞや絽鞘の落しざし」「君が名や硯に書いては洗ひ消す」「灯を消せば涼しき星や窓に入る」「君逝きて浮世に花はなかりけり」「行く年や猫うづくまる膝の上」「蝶去つてまた蹲踞る子猫かな」
読了日:09月30日 著者:夏目 漱石
Harry Potter Und der Gefangene Von AskabanHarry Potter Und der Gefangene Von Askaban感想
ドイツ語版『アズカバンの囚人』。改めて読んでみるとあれもこれもが伏線になっていて面白いし、ハリーが「愛する人を殺めた者を殺さねばならない」という情念を経て「愛する人に人殺しになってほしくない」という決断に至っていたり、彼が親的な存在をいかに切に求めているかが繰り返し劇的に描かれていたり…シリウスとハリーが一緒に暮らすことを夢みる場面のはかない美しさ、ハリーのよき理解者であり先生としても人気なのだが孤独ばかり背負っているようなルーピンの姿など… 色々とたまらない巻。
読了日:09月30日 著者:J. K. Rowling
騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(下) (新潮文庫)騎士団長殺し 第1部: 顕れるイデア編(下) (新潮文庫)感想
ちょっと背筋が寒くなるような場面の後で、マスコットキャラ的なかわいらしさを持つ騎士団長の登場に面くらう。「二世の縁」(即身仏)の話が、西洋の物語であるナチス高官の暗殺未遂事件の並立も相まって興味深かったのだが、この話は第二部にも重要な要素として登場するのだろうか。
読了日:10月01日 著者:村上 春樹
騎士団長殺し 第2部: 遷ろうメタファー編(上) (新潮文庫)騎士団長殺し 第2部: 遷ろうメタファー編(上) (新潮文庫)感想
あと一冊分で終わってしまうのか。上巻終盤で物語が大きく動いたので先は気になるものの、少し寂しい気もする。村上作品に疎い私を驚かせた展開が、他の読書家さんの感想を読むと「出た!」という感じらしいのが興味深い。「コップにはまだ十六分の一も水が残っている」、第一部でもわざわざ書き抜いておいたお気に入りの台詞なので再会できて嬉しい。
読了日:10月08日 著者:村上 春樹
騎士団長殺し 第2部: 遷ろうメタファー編(下) (新潮文庫)騎士団長殺し 第2部: 遷ろうメタファー編(下) (新潮文庫)感想
なんというか、読み終わって何か納得できたわけではないのだが、気分は悪くない。二重メタファーとは?免色の邸宅を徘徊している存在とは?主人公の冒険とまりえの帰還に繋がりはあったのか?一見無いように見えたが実はあったのだろう。ここで立ち止まって深く考えるのも面白いだろうが、自分はこのふわふわしたままで本を閉じてしまう。個人的に、舌の上で転がすというよりは喉越しを楽しむような物語だった。物語より文章が好きだ。騎士団長はやはりかわいい。
読了日:10月09日 著者:村上 春樹
Diedunckle SeiteDiedunckle Seite感想
邦題は『砂漠のゲシュペンスト』。以前和訳で読んだデビュー作『黒のトイフェル』は13世紀のケルンが舞台だったが、本作の事件は湾岸戦争での出来事をきっかけに1999年のケルンで発生する。メディアや仮想世界への関心が強く、時折長大なモノローグが挿入されるが、物語を動かさないままページを捲らせる物語作家は頼もしい。犯人の正体は意外性がなく、ミステリとして評価するなら微妙かもしれないが(解説には「スリラー」とある)、読んでいてとても面白かった。デビュー作と併せて見るに、物語を終わらせるのはあまり得意ではないのかも。
読了日:10月13日 著者:Frank Schatzing
思い出す事など 私の個人主義 硝子戸の中 (講談社文芸文庫)思い出す事など 私の個人主義 硝子戸の中 (講談社文芸文庫)感想
随筆はどちらも四十代の漱石によるものだが、死が非常に身近にあると感じた。早逝と長寿の祖父母を持つ自分は未だに人の死を自分事として体験したことがない。現代でも、四十にもなればそれなりに近くなるものだろうか。「思い出す事など」22章の白い着物の女の夢(?)が不気味で印象深い。「硝子戸の中」33章、我々は他者を100%信じることも跳ね除けることも出来ない。「今の私は馬鹿で人に騙されるか、あるいは疑い深くて人を容れる事が出来ないか、この両方だけしかないような気がする。不安で、不透明で、不愉快に満ちている」
読了日:10月13日 著者:夏目 漱石
建築家・前川國男の仕事建築家・前川國男の仕事感想
生誕100周年記念展の図録を編集したものだそう。前川氏には紀伊國屋書店のファン(?)であることがきっかけで出会い、都内の作品を日常の行動範囲内で見てみた程度の建築門外漢だが、大変面白く通読した。(見学したうち)前川邸、東京文化会館学習院図書館は例外として、前川氏といえば煉瓦色(打込みタイル)の印象が非常に強かったので、60年代半ば頃までの建築の雰囲気は新鮮だった。弘前の作品群は一度訪れてみたい。
読了日:10月14日 著者:生誕100年前川國男建築展実行委員会
道草 (岩波文庫)道草 (岩波文庫)感想
物語はハリネズミ夫婦の痛々しい平行線(ではなく「円い輪」)と、親類からのしつこい金の無心の顛末(ただし「末」に疑問符)の二本柱。親族と金とのゴタゴタは先生を歪めた過去を連想させる。大事件が起こるでもなく単調で楽しくもない日々の繰り返しだが、小説というよりは自己批判的な視座から過去の自分を振り返る漱石の日記のようなつもりで案外面白く読んだ。『猫』はトゲトゲネチネチと女性を嘲り笑う感じが目についたが、『道草』はあまりに正直でストレートなので腹も立たない。対する細君のお住は結構現代的な女性のように感じた。
読了日:10月15日 著者:夏目 漱石
李箱作品集成李箱作品集成感想
恐らく初めての朝鮮/韓国文学、モダニズム全般に耐性がないので衝撃が大きい。最たるものは日本語詩だが、巻頭に収録の小説『蜘蛛、豚に会う』も激しく目が滑り、早々に投げ出してしまいそうだった。充実した訳者解説に大いに助けられる。特に『翼』は背景も何も知らずに読むのと解説を読んだ後ではかなり違った(共によかった)。誤解を恐れずに言えば私の中で年表上の存在に留まっていた植民地朝鮮が、この読書を通じてぼんやり形を取り始めた。作品は実際難しく後半は理解する努力も半ば放棄していたが、それでも読んで(触れて)みてよかった。
読了日:10月16日 著者:李 箱
〆切本〆切本感想
書店で面陳されていたころ気になっていた本。シンプルな白地にインパクトのある文章を引用した表紙・扉デザインが強い。〆切に泣かないタイプの筆者も後半にいないことはなかったが、ほとんどは迫る(過ぎた)〆切の苦しさ、己の不甲斐なさ、言い訳等を綴っていて面白い。吉行淳之介筒井康隆の対談では、武者小路実篤も「兵隊を出せば点呼で行数を稼げる」とか何とか言ったという説も。特に笑ったのは(ただ笑えるだけの本ではないのだが)、内田百閒、高見順大岡昇平井上ひさし赤瀬川原平など。不思議と読んだことのない作家ばかりだ。
読了日:10月18日 著者:夏目漱石,江戸川乱歩,星新一,村上春樹,藤子不二雄Ⓐ,野坂昭如など全90人
音読で外国語が話せるようになる科学 科学的に正しい音読トレーニングの理論と実践 (サイエンス・アイ新書)音読で外国語が話せるようになる科学 科学的に正しい音読トレーニングの理論と実践 (サイエンス・アイ新書)感想
持ち前のシャイにコロナ禍が加わり、教科書学習と小説の部分的な音読を外国語の勉強の中心に据えている現状があるので、モチベーション(自己肯定感)向上のために。確かに効果があるという点は嬉しいのだが、一口に「音読」と言ってもただ発音に注意して気持ちを込めて読んでいればいいのではなく、モデル音声を細切れに聴きつつ同じ文章をほぼ暗誦レベルまで繰り返し読むということだった。早く先を読みたいからと読書ついでにする音読は「やらないよりはマシ」程度だろうか。よくあるハウツー本より論文寄りで読み応えがあるし頼もしい。
読了日:10月18日 著者:門田修平
海洋プラスチック 永遠のごみの行方 (角川新書)海洋プラスチック 永遠のごみの行方 (角川新書)
読了日:10月19日 著者:保坂 直紀
漱石の思い出 (文春文庫)漱石の思い出 (文春文庫)感想
随筆と『道草』に続けて読んだ。「好きな小説の作家」だった漱石がひとりの人物として浮かび上がってきた気がする。彼の所謂「神経衰弱」だが、気分が落ち込み他を拒んで思索の中に閉じ籠もるような感じだと思い込んでいたのが、実は癇癪や暴言、暴力として現れたものと分かり、しかも中々激しかったので衝撃を受けた。傷つく娘を見ていられず一刻も早く出てこいと言う母親に対する鏡子さんの言葉に胸を打たれる(133頁)。この夫人あってこそ彼の病も(再発するとはいえ概ね)よくなったのだろう。どんどん親しみが湧くので最期は辛かった…。
読了日:10月20日 著者: 
ワンダーボーイ (新しい韓国の本)ワンダーボーイ (新しい韓国の本)感想
一言で表すのが難しい。超能力が当然のように存在する一方、80年代韓国のリアリズム的な舞台設定も単なる書き割りではなく物語の重要な要素となる。血生臭さはなく、少年の成長、家族の愛が描かれていたと思う。始めと終わりは小説というより詩のよう。著者は日本向けのあとがきに、背景は「必ずしもその時期の韓国でなくても構わない」と、また「恋に落ちる瞬間、僕たちは不完全な存在になる」ということがこの話の肝である、というようなこと書いていて、そうだったのか…?と新鮮な感触。初めて触れるような、独特の雰囲気を持つ物語だった。
読了日:10月21日 著者:キム・ヨンス
文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)文庫 銃・病原菌・鉄 (上) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)感想
小難しい本なのかと思っていたが素人でも面白く読める。序章にて「歴史学とは一見かけ離れて見える他の科学分野」の知見を統合する必要性が述べられている通り、複数の分野において結構詳細な説明がなされるので、読む方も全章に渡って全力でがっぷり組み合うつもりでいると疲れてしまうだろう。特に面白く読んだのは、反戦の観点からするとおぞましい話だがやはりワクワクしてしまう第二章(マウリ族とモリオリ族)と三章(インカ帝国ピサロ)、そして九章以降(動物の家畜化、感染症など)。野生のトウモロコシの姿を検索してみた、衝撃。
読了日:10月24日 著者:ジャレド・ダイアモンド
蛇にピアス (集英社文庫)蛇にピアス (集英社文庫)感想
芥川賞。若者たちの言葉遣いは勿論のこと、性との距離感、過激な展開や世界観(ギャングもパンクもギャルも一切無縁だからそう感じるのか)などが生み出す全体的な派手やかさには一昔前っぽさがあり、携帯小説が流行した2000年代の作品というのも何となく腑に落ちる。要するに、こうした表面的な要素のどこをとっても私には合わなそうなのだが、案外面白く読んだ。特に主人公が一種の確信に近い疑惑を抱え、自らを安心させるような対策も冷静に打っておきながら同時に「大丈夫」と信じる場面(特に一回目)は印象深い。
読了日:10月24日 著者:金原 ひとみ
父・夏目漱石 (文春文庫)父・夏目漱石 (文春文庫)感想
漱石は伸六氏が九歳の時に他界しているため、生前の思い出話というよりは、漱石の作品、日記、伝記、伝聞などを親族の立場で整理、検証、訂正も交えながら紹介するような形になっている。父に関する記憶として、人前で殴打される羞恥と恐怖の体験が非常に強烈な原体験として残ってしまっているのが痛ましい。周辺人物が多く紹介されるが、小宮豊隆氏についてはこと辛辣だ。「博士嫌い」の章では、学問と自身の考えに誠実であろうとした漱石の性格が窺える。雑司ヶ谷の墓の下にあるはずの遺骨が見つからないという話は、その後どうなったのだろう…?
読了日:10月28日 著者:夏目 伸六
吉田博作品集吉田博作品集感想
文字の非常に少ない書籍なので「読んだ本」に登録するかどうか迷いつつ。東京都美術館での特別展の知らせを見て本書を手に取ってみたが、版画の美しさに完全に一目惚れしてしまった。水彩も美しい。展示会が待ち遠しい。全木版画集、欲しい…。
読了日:10月29日 著者:安永 幸一
Ich treffe dich zwischen den ZeilenIch treffe dich zwischen den Zeilen感想
家庭内暴力の末に両親を失ったトラウマ的経験を持つ主人公の一人称で進む恋愛小説。元彼がストーカー化するなかで理想的な男性が現れるのだが、一人称語りの為か人物像が一面的で曖昧だった。恋愛物というより主人公の成長物語ということかもしれないが… この主人公の語りが好きになれず、終始苦痛だった。作中詩が非常に重要な位置を占めるのだが、その良さも分からなかった。両親との時代、元彼との時代、現在を章ごとに行ったり来たりする形式は面白かったが。外国語で不慣れなジャンルの本に挑戦するのはやめよう…。
読了日:10月31日 著者:Stephanie Butland
文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)文庫 銃・病原菌・鉄 (下) 1万3000年にわたる人類史の謎 (草思社文庫)感想
たまたま環境が適していたお陰で結果的にユーラシアが発展したのであって、人種の優劣の問題ではないという結論。様々な技術を生み西欧に伝えた肥沃な三日月地帯さえ、たまたま降水量が比較的少なかったために、中心地の座に留まらなかった(エピローグ)。重要な技術が必ず維持されるとは限らない例として銃火器が江戸時代の日本で放棄された(島国+鎖国がそれを可能とした)…というくだりで侍が取り上げられ、妙に感動した(13章)。中国のくだりで、ああこの本は随分昔に書かれたのだったと思い出した。
読了日:11月11日 著者:ジャレド・ダイアモンド
ビジュアル 日本の服装の歴史3明治時代~現代ビジュアル 日本の服装の歴史3明治時代~現代感想
タイトルしか知らずに取り寄せてみたら、小学校高学年〜中学生くらいの教科書のような雰囲気だった。西洋諸国と「対等」に振舞うことを目指し、上流の人々と制服から洋式の服装が取り入れられていく。西洋から発想や素材を得たことで和装暮らしが楽になる例も(束髪、二重廻し、吾妻コート、女性用袴)。改良服の存在は初めて知った。よく大正浪漫といわれるものに特別興味があるわけではないが、この時代の和洋折衷にはやはり擽られるものがある。
読了日:11月13日 著者:難波 知子
三四郎 (新潮文庫)三四郎 (新潮文庫)感想
道中に成行で宿を共にした女性の「あなたは余っ程度胸のない方ですね」、そして広田の「熊本より東京は広い。東京より日本は広い。日本より頭の中の方が広いでしょう」という言葉に彩られた冒頭部分がインパクト抜群で引き込まれる。そのまま三四郎が田舎から出てきて受けた洗礼の強烈さである。ついに時機を逸してしまう頃まで動けなかった初心な青年の視点に立った漱石の女性描写はとても上品で、同時に謎めいた存在としての女性が醸し出す艶のようなものに満ちていた。全体の雰囲気も漱石の今までのイメージと異なり、引き出しの多さに舌を巻く。
読了日:11月13日 著者:夏目 漱石
Der Dom zu Koeln: Seine Geschichte - seine KunstwerkeDer Dom zu Koeln: Seine Geschichte - seine Kunstwerke感想
ケルン大聖堂と聖堂内外の芸術品を一般向けに解説した冊子。13世期に設計を行ったゲルハルトの後継であるDombaumeister(大聖堂の建築と保全を牽引する建築家)たちの著。64ページしかないが観光客の知識としては十二分。ステンドグラスや美術品に関しては公式HPで鮮明な写真が見られるものが多いが、建築部位となると「写り込んでいる」写真を探すしかないこともあり、現地にいれば一瞬で済むのにと歯痒さを噛み締める…。
読了日:11月15日 著者:Arnold Wolff
それから (新潮文庫)それから (新潮文庫)感想
5年ぶりの新鮮な再読。当時の感想に「前半は読み進めるのが苦痛気味だったが中盤から面白くなってきた」と書いているが本当だろうか。今回は終始苦しかった。ここに書かれていることに一貫性はあったのだろうか?読書が遅々として進まない中、ずっと疑問には思っていたが、戻って筋を辿る元気も出なかった。地の文が代助を弁護し続け、それに説得されることが最後までできなかったのが読みづらさの要因だと思う。これが登場人物のある小説の形でなければもう少し素直な読み方ができていたかも。それともまた5年が経てば違う目で読めるだろうか。
読了日:11月20日 著者:夏目 漱石
サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福サピエンス全史(上)文明の構造と人類の幸福感想
全体的に皮肉っぽいトーンで書かれた人類史(?)。現代の書物だ、と感じた。神も国民も人権も正義も全て人間の想像の産物に過ぎず、こうした物語を創出する能力が大勢の見知らぬ者同士の協力を可能とし、この点でホモサピエンスは突出しているという。農耕革命が人々を豊かにしたというのは誤りだというのが驚き。例えば狩猟採集民の食糧は様々な種に渡るのでどれかが不足しても他で補える一方、農耕民は主要品種が不作になれば即、大量死に繋がる。生活を楽にするはずの改良が却って負担を増やすことは、現代に至るまで繰り返されている。
読了日:11月25日 著者:ユヴァル・ノア・ハラリ
妻を帽子とまちがえた男 (サックス・コレクション)妻を帽子とまちがえた男 (サックス・コレクション)感想
神経学者によるエッセイ。病そのものを説明するいうより、症状とそれを内包する患者の人物像が描かれているように思う。こんなことがあるのかという驚きに満ちた読書だった。頭の回転が早く記憶力も良さそうだが1945年以降の記憶は失い続ける男(2章)、義手義足の利用に欠かせない感覚のある「幻影肢」(6章)、レーガンの演説に対する失語症(言葉は分からないがトーンに敏感)と音感失認症(その反対)の患者の反応の違い(9章)、そして必ずしも皆がその「異常」を治してしまいたいと思うわけではなかったという点が特に興味深かった。
読了日:11月26日 著者:オリバー サックス
門 (新潮文庫)門 (新潮文庫)感想
『道草』の雰囲気と『こころ』の要素を感じる。『それから』より面白く読めた。『こころ』では先生の心理が描写されるが、本作の「略奪愛」とその後の経緯は僅か数行、非常に上品にぼかされて具体性を欠く。肝要なのは罪と罪の意識で、不法な恋愛は人にそれらを背負わせ得る出来事の代表として(姦通罪があったという程だから今の不倫より重大だったと思う)取り上げられただけなのではないか。以来宗助は逃げの姿勢で、寺ごもりも逃避にすぎない。予想した最悪の状況だけ回避して何も解決せぬまま物語は終わり、似たような暮らしが続く予感を残す。
読了日:11月28日 著者:夏目 漱石
大泉エッセイ  ~僕が綴った16年 (ダ・ヴィンチブックス)大泉エッセイ ~僕が綴った16年 (ダ・ヴィンチブックス)感想
'97年(大泉さん24歳)〜'05年(32歳)の連載エッセイを集め、書き下ろしを何編か加えたもの。大泉さんというのはつくづく魅力的な方だなあと思う。どこで見ても頭の回転の早さと引き出しの多さを感じるので大いに期待して読み始めたし、期待以上だった。話と文章だけでなく絵もうまいとは。旅と食と家族の話題が多いほか、個人的には面白い人(?)というイメージが強いけれどやはりお芝居をする方だと感じることも多々。
読了日:11月29日 著者:大泉洋
坑夫 (岩波文庫)坑夫 (岩波文庫)感想
面白かった。死ぬつもりで家を飛び出した上流出身の青年が坑夫になるよう誘われ、朝起きて顔を洗い朝食をとることすら当たり前でない人がいることに驚きながら、「遣ります」「好いです」と無気力ではないが諦めっぽい聞き分けの良さで状況に身を任せる。彼の頭には常に死があるが、その距離感は作中何度も近づいたり離れたりして揺れ動く。「一貫した『性格』などない」とある種の小説を批判するが、キャラクター物の創作物に慣れた現代人の目にもこの主人公の性質がブレているようには決して見えなかった。
読了日:12月03日 著者:夏目 漱石
Die VerwandlungDie Verwandlung感想
『変身』。初めて古典文学を独語で読んだ。再帰動詞の使い方やzu+suchen/pflegenをはじめ、初めて見る表現が多く、またレクラムは思った以上に字が小さく(笑)、短さの割に骨が折れた。姿が変わり上手く話すことができずとも同じ人物なのに、言葉は通じているかもしれないという希望すら持ってもらえず、章が進むほど家族が主人公から離れていく。あくまでグレゴールを思いやる母・妹とすれ違い、外との関係と共に内なる人間らしさも希薄になりつつあることが分かる家具の場面と、最後のヴァイオリンの場面が印象に残っている。
読了日:12月06日 著者:Franz Kafka
海辺のカフカ (上) (新潮文庫)海辺のカフカ (上) (新潮文庫)感想
漱石の『坑夫』と併せて。二巻に分かれる長さの春樹作品は『騎士団長殺し』に続いて二作目なのだが、本作の方が濃いというか、読み応えがあるように感じる。単に登場人物(+α)が地理的にも時間的にも分散していて視点の移動が繰り返される(やはりこれから収斂していくのだろうか)からか。内容的にも色々な要素がいっぺんに詰め込まれているような、それでいて案外すんなり収まっているような。11章に現れる想像の重大さは、単なる一場面の言葉かと思っていたら、後に夢や生き霊とも絡み、重要な発想であるらしいことが分かって面白い。
読了日:12月08日 著者:村上 春樹
海辺のカフカ (下) (新潮文庫)海辺のカフカ (下) (新潮文庫)感想
相変わらず、不明点は多い割に不思議な後味の良さがある。少年と老人は出会って終わると予想していたが、佐伯と大島を間に置いて本人たちはニアミスとは。またお椀山事件が何かしらの形で回収されると思っていたのだがそんなこともなかった。こうした展開の予想に関してはだいたい意表を突かれてきた。しかしカフカ少年にとってのクライマックスに帝国軍の兵士が現れ、カラスによる父殺し(?)が描かれ、ナカタさんの跡を継いだ"ホシノくん"は化け物を「圧倒的な偏見でもって抹殺」するので、暴力というテーマとしては回帰したと言えるだろうか。
読了日:12月10日 著者:村上 春樹
やがて哀しき外国語やがて哀しき外国語感想
プリンストン在住当時の著者が観察した米国/米国人像や自身の日常生活を描いたエッセイ。湾岸戦争を経た真珠湾50周年の時期の目に見える反日感情から話が始まるのが、当時を知らない世代としてはインパクト大。しかしいくつかのキーワードを除いてしまえば、30年近く前の文章とは思わなかったかもしれない。それほど私の中の米国像が古びているのか、或いは日本もアメリカも大して変わっていないのか。著者の小説には音楽蘊蓄と人物表現としての車種への拘りが見られるが、それらが単なるオシャレではなく著者の内から迸るものなのが分かる。
読了日:12月12日 著者:村上 春樹
変身ほか (カフカ小説全集)変身ほか (カフカ小説全集)感想
"Die Verwandlung"を読んだので答え合わせに手に取ったのだが、冒頭から仄暗いイメージだった「変身」が、カタカナのオノマトペの影響だろうか、だいぶコミカルな印象になっていて驚いた(前半部分)。他には「流刑地にて」と、「田舎医者」に含まれる「掟の門前」「ジャッカルとアラビア人」が面白かった。しかし短編(断片?)を読み慣れないせいなのか、これで終わり?と感じる作品も多く、全体としてはあまりピンと来なかった。
読了日:12月17日 著者:カフカ
新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)新装版 限りなく透明に近いブルー (講談社文庫)感想
いわば『蛇にピアス』の先輩とだけ聞き齧って読んだ。とにかく合わなかった。解説には「テレパシー効果」の暴力に体が慣れるのに時間がかかるとあるが、私は強い刺激が多すぎてすぐに麻痺してしまい、却って単調に感じた。警官が現れる場面が数ページでも遅ければ投げ出していたかもしれない(蛾は別格だった)。濃厚な不快を散々味わわされた末、幕引きに清々しさを感じさせる描写(しばしば朝の陽の光や大自然であり、本作では表題のもの)に出会うのも予想を裏切らず…かなり表面的な読書に留まった自覚はあるが、深入りしてみたい気にもならず。
読了日:12月18日 著者:村上 龍
二百十日・野分 (岩波文庫)二百十日・野分 (岩波文庫)感想
二作とも登場人物が(一段と)少なく性格と立場の違いが明白ですっきりしている。特に「野分」は中野君に焦点が当たった途端雰囲気が一変する。「一人坊っちは崇高なものです」と語る、高柳君から見た道也先生の姿はいかにも清貧で立派に映るが、一方で主に家族が被るその主義の皺寄せも現実である。道也はそれでありながら家の者を見下しており、友に対する劣等感を抱えながら我の苦しみは決して分かるまいと考えている高柳君にもやはりそういう所がある。予想外の急激な幕引きでは高柳君か漱石かに若干がっかりしたが、全体としては面白く読んだ。
読了日:12月23日 著者:夏目 漱石
青年 (岩波文庫)青年 (岩波文庫)感想
鴎外版『三四郎』と言われるのは後から知った。比較して読んだ訳ではないので曖昧だが、純一の方が三四郎よりも余程大人びているし、もたもたしているうちに決まってしまった相手の結婚を知ってすぐに虚しさと共に話が終わる三四郎に対して、純一は自ら感情に踏ん切りをつけ、自分のやりたいことを見つけている。箱根行きの前に大村がする「東洋にはRenaissanceがない」「プラトンキリスト教で此岸がお留守になったがルネサンスがそれを見させてくれた。しかし次第に今度は彼岸がお留守になった…」という話が面白かった。
読了日:12月26日 著者:森 鴎外
漱石文体見本帳漱石文体見本帳感想
「作品ごとに雰囲気が違う」「昔っぽくて格調高い感じ」というぼんやりした形容しかできなかった漱石の文章。本書は日本語の様々な文体を(漱石以外のものも含む)例と共に紹介しつつ、それらを作品や場面に応じて織り交ぜながら駆使した漱石の文体を紹介している。言文一致が浸透していく最中、漱石は漢文・美文調などの「レトロな文体」を使い分けたが、時代の移り変わりと読者層の広がりに伴い、そうした古典的要素は使わなくなっていく。非常に面白く、漱石作品を読む上で重要な観点が得られた一冊。必ず再読したい。
読了日:12月28日 著者:北川扶生子
キッチン (角川文庫)キッチン (角川文庫)感想
三編とも愛する人を失った苦しみからの再起の物語。「キッチン」で雄一とその母(父)えり子に寄り添われた主人公が、続編「満月」で雄一に寄り添う。あれこれと世話を焼くわけではないが、人の温度のある居場所があって、何気ないお喋りや食事があって、それで少しずつ浮き上がっていく。田辺家での居候期間が半年というのは続編の展開には短すぎるような気が一瞬だけしたが、考えてみれば自分が留学の始めに経験したほんの一月のホームステイですら非常に大きな心の拠り所をもたらしてくれたことを思い出した。
読了日:12月28日 著者:吉本 ばなな

読書メーター